日本推理作家協会賞受賞
深夜の駅で、ホームから転落し、重症を負った一人の少女。箱に詰められたバラバラ死体の四肢。美少女が「みっしり」詰まった箱を持って旅する男。箱を祀り、魍魎退治する奇妙な宗教。・・・・・・箱に纏わる怪事件の数々に、京極堂、探偵・榎木津、文士・関口らが挑む。
占いと霊能と宗教は、ペテンと救済のあり方に於いて性質を異にする。救われたいと願っている人々にとって、そして救われる人間がいる限り、単純な"奇跡"トリックも、稚拙で卑俗な教義も、一概にペテンとして切り捨てることはできない。但し、信仰や救済の名を借りた、無関係な活動、そして人を救うことのできない紛い物のトリックについては、話は別、それ自体に存在の価値と意味を求めることはできない。ましてや対象とする悪が"魍魎"であった場合には・・・・・・・。
古の人々が「妖怪」として形象化してきた様々な恐怖心や畏怖心、それらは単なる自然現象に対するものではなく、「それが当然でないように思える」時と場合に起きた際に、生まれるものである。つまり妖怪というものは、「呼びかけと返答という呪術的儀式」を媒介として、形と名を得、初めて成り立つもの。一方で、魍魎は大陸から移入された"名"であり、その形や性質を明確に定義することは非常に難しい。「形三歳の小児の如し。色は赤黒し。目赤く、耳長く、髪うるはし。このんで亡者の肝を食ふとい云」『百鬼夜行』に記された"絵"は、あくまで訳の分からないものに対するイメージが肥大した結果生まれた具体像であり、その存在そのものが独立して人間に取り憑く訳ではない。正体の知れない妖怪、人の身から祓うことのできない、掴み所の無い存在。時代や環境を越え、文化を越え、それでも衰えることのない力で人間を閉じ込めてしまう、魍魎。
突き詰めようとすればするほど分からなくなる。魍魎とは何か、魍魎によって何が起き、何が始まろうとしているのか。事件の核に存在することは分かっているのだけれど、それを取り出して真相に結びつけることができない。謎に包まれた怪異事件の数々、どこまでも壊れていく人心と人身。陰陽師・京極堂と彼らの仲間たちは、どのような方法で、どのような経路を通って、"憑物"に行き着くことができるのか。そしてどのような形で、人々を救済することになるのか。
通りもの、魔が差した・・・・・・・此岸から彼岸へと渡ってしまった人間の心と真正面から取り組み、その"心の闇"を、出来る限り曇りのない目で、杓子定規でない尺度によって、解き明かそうとした犯罪ミステリー。超自然的な力によってではなく、人間自身が、自らの心の動きによって、渡ってしまった"境界線"、纏ってしまった(閉じ込められてしまった)"魍魎"。一つ一つ剥ぎ取って行けば、生臭くおぞましい現実ばかりが露呈する事件、しかしその表層的な事実と原因の間に横たわる陰の世界を見ずして、全てを司る本質に辿り着くことはできない。合理的、科学的な論理では、魍魎から人を救うことはできないのだ。
人の数だけ存在する陰と陽の世界。事件もまた、「人と人−多くの現実−の関わりから生まれる物語だ」。真実とはまやかしに過ぎず、事件の真相についても「それを取り巻く人間達が便宜的に作りだした最大公約数のまやかしに過ぎない」。
事件の衝撃性、おどろおどろしい雰囲気を客観的に楽しみ、特定の犯人について、その表層的な動機を収集する。「ミステリ作品」、「物語」としてはそこで終わっても良いのだが、そこで終わらせない、その先の世界をも垣間見せ、読者自身をも憑物落としの儀式に立ち会わせてしまう、京極夏彦の作品の世界。後味の良し悪しは別として、どれほど奇抜で奇態に見える舞台であろうと、不思議と最後には客観性が薄れ、登場人物たちと共に己の心をも覗き込むことになる。此岸から離れ、理屈や理論から離れ、憑物に憑かれた一人一人の心の中に自身の欠片を見出す・・・・・・・・。だからこそ、最後の「箱に詰められた人間」の恐怖と感情は余りに生々しく、途轍もないリアリティを持って胸に迫ってくるし、「箱を持って旅する男」の人生」には、関口と同じく、哀しくもどこか羨ましさを感じてしまうのだ。
古書店の主であり、神主であり、陰陽師であり、"安楽椅子探偵"である京極堂(中尊寺秋彦)、鬱病気味で余りに人間臭い文士・関口巽、"透視"の能力を持った探偵であり、飄々と世間を渡る、どこまでもマイペースな榎木津etc. 2作目にして、彼ら主役達のキャラクターも、より一層明確に際立つようになってきたように思う。性質は全く異なるながら、それぞれ独特かつ強烈な魅力を放ち、今後は更に誰からも目を離すことができない。カストリ雑誌の編集者・鳥口や刑事の木場、その他多くの関係者たち各々の人物造形もまた多彩で、著者の人間に対す深い観察眼、引き出しの多さを随所で確認させられた。
複雑な伏線と、妖し気でおどろおどろしい舞台立て、ミステリー作品として引き込まれながらも、最後にはトリックにではなく、全体を貫く"陰"の世界の正体に納得させられる。見事に腑に落ちる、世界観と落とし所。いずれも1000頁を越す長編作ながら、とにかく読み出したら止まらない、読めば読むほどもっと読んでいたくなる、"魔薬"のような作品(シリーズ)。